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ご長寿よろず診察室 神経内科のお話し その32

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第32回:歌舞伎を見にでかけた記憶が消えた72歳女性
担当ドクター 北村伸先生 (日本医科大学武蔵小杉病院 内科)


前回は、脳血管障害により突然に記憶障害が生じた患者さんの話をしました。今回も、突然に記憶がなくなった人の話をいたします。
私は何をしてきたのだろう?
 72歳の緒方さん(仮名)は、夫と長男夫婦、そして孫3人と一緒に暮らしています。ある日、緒方さんは、友人と歌舞伎を見に外出をしました。その日の朝は、いつものように起床して、お嫁さんと一緒に朝食の準備をして、朝のテレビ番組を見て、雑談をし、いつもと変わりなかったそうです。
                     
 そして、夕方に自宅へ帰ってきました。帰宅してから、夫に、「私は今日どこに行ってきたのだろう」、「今日は何日」など、何度も同じことを聞いたそうです(図)。夫は、ふざけていると思っていました。

 お嫁さんと一緒に夕食の支度をしたのですが、そのときも「私は今日どこかに出かけてきたのか」、「どうやって帰ってきたのか」、「今日は何曜日か」、など何回か同じ事を聞いたそうです。夫と嫁は、いつもと様子が違い、なんとなく落ち着きがないように感じ、緒方さんを連れて受診してきました。
診察をしてみると
 血圧は120/72mmHgで正常でした。会話も可能で、意識は正常でした。しかし、何月何日何曜日かについては、わからないという返事でした。2日前に孫をつれて、デパートに買い物に言ったことは覚えていましたが、今日の歌舞伎を見に出かけたことについては、記憶がはっきりしないと言っていました。病院にはどこから来たのかという質問には、家からきたような気もするが、はっきりとした記憶はないという答えでした。一緒に来た息子と嫁については正しく答えることができていました。簡単な計算もしてもらいましたが、正常にできました。
 運動麻痺や感覚の障害があるかどうかを診察しましたが、異常はありませんでした。
 検査では
  緊急で頭部CTスキャン検査をしてみましたが、異常はありませんでした。血液検査もしましたが、異常はありませんでした。
 診断は
  会話をしているときの様子から、意識は清明と判断しました。症状と診察時の会話から、日時の失見当識があり(日時についてわかっていない)、今日したことの記憶がないことや数分前の事や聞いたことを記憶できないので同じ質問を繰り返していたことから、健忘があると考えました。しかし、他には異常はなく、計算もでき、食事のしたくもいつもと同じようにできていました。

 以上のことから、一過性全健忘と診断をしました。
 一過性全健忘とは
 緒方さんように記憶障害が突然におきます。発作中は、少し前の事を記憶できず(前向健忘)、発作前の一定時間の出来事も思い出すことができません(逆行健忘)。日時についての見当識障害がありますが、人物についてはわかっています。発作中には、不自然な振る舞いはなく、料理などもすることができます。意識は清明で、麻痺などのその他の神経症状は見られません。

 CTやMRIでは、異常は認められないことが多いです。MRIでは、小さな脳梗塞を認めたという報告もありますが、部位は様々で共通したものはありません。

 原因は不明です。記憶に関係する側頭葉内側などの血管障害によるという説がありますが、確定はしていません。

 予後は良好で、特別な治療の必要はありません。後遺症もなく自然に回復をします。再発はないことがほとんどです。
 その後の緒方さん
 一過性全健忘と診断したことを説明して、帰宅してもらいました。2日後の外来に来たときの話では、次の日の朝おきたときには、正常に戻っていたということでした。 
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